現場力向上への歴史的決断

午前9時。一枚岩会議の始まりに当たって、A社長から参加要請を受けた幹部社員全7名が簡単なチェックインをする。参加者全員が短い挨拶と自分の問題意識を簡潔に述べて、会議に参加することを表明することを、一枚岩会議では「チェックイン」と呼ぶ。
20分程でチェックインが終わり、チームコーチは会議参加メンバーに伝えた。「ここまでの経緯に照らし、また皆さんのチェックインを聞いていて、本日の会議のテーマは『現場力向上』にあると直感しています。」

チームコーチはA社長と専務に対して毎月の個別コーチングを行っているので、経営者視点での組織の課題はほぼ把握していた。
A社とB社の連携が取れない原因の一つは、A社所属で技術の要職にあるC部長と義兄弟であるB社長の確執だ。社員たちは経営陣の兄弟仲が良くないのを知っていて、誰の顔を見て仕事をやればよいのか迷うような風通しの悪い組織になっていた。

A社は年商6億円の製造業。社員はパート社員を含めて約60人。現社長の父親から継承した同族企業であり、社長と専務取締役はご夫婦。社長の義兄弟のひとりが技術の要職にある。
もうひとりの義兄弟はグループ会社B社の社長。この会社は特殊な部品製造を手掛けて年商1億円未満。数名の寡黙な職人が現場を支えている。A社からの受注が売上のほぼすべてを占めている。B社は経営的には健康体ではなかった。

コロナ禍は意外にも特需を生み出し、A社の業績はプラスに働いていた。これを機にさらに成長して、10億円の売り上げを達成するにはグループ企業であるB社を自社に統合することが最善の策だということはA社の幹部には分かっていた。しかし過去の経緯もあり、B社長はA社に吸収合併されることを怖れていた。

会議の話題は今期のA社とB社の経営計画の確認に入った。しかしB社の計画が抽象的なスローガンレベルに留まっている。明らかに、A社と足並みがそろっていない。そこで、グループ企業なのだから、ここにいる幹部メンバーでB社の経営計画の作成を援助しようということになった。B社の生産能力の現状と可能性がはっきりすれば、A社からどのくらい発注したらグループとして最大の収益になるのかが予測できるではないか。
実はグループ全体の収益の鍵はB社の現場力を向上させることにあったのだ。ここからグループが一体化するための最終段階の生みの苦しみに入ることになった。

チームコーチがリクエストした。「この議題で会議を進行する人を決めてください。」
A社の若手幹部が手を挙げた。

A社の経営計画と足並みをそろえるように、B社長のスローガンレベルの計画を具体化するための会議は進行していったが、B社長の発言は少なかった。むしろ心を閉ざした面持ちで、腕を組んでいる時間が長かった。
それを察知して、A社長が発言した。「B社の経営計画を我々A社の幹部が作っている状況なのに、なぜB社長がそこに座ったままで、前に立って皆をリードしないのかが分からない。」
場が緊張する中でメンバーの意識はB社長に向けられた。
しばらくの沈黙の後、「A社長がいろいろと言うし、C部長も批判的だから、俺はまた責められているような気持ちになって、発言する気がなくなるんだよ」とB社長が抵抗感をあらわにした。

「分かった。それでは私は一旦退席する。B社長が退席してほしい人が他にいるならば指名してください。みな、出ていきますから。そして、この残された時間の中でB社長が中心となって今期の経営計画を立ててください。それは経営者としての責任です。」とA社長が腹を括って見せた。

チームコーチは、B社長が皆の前に立って、自分からリードするように促した。そこでチームコーチとも厳しいやり取りがあった。結果として前に立ち、しばらく沈黙していたB社長は口を開いた。「俺は自信がないから、かっこつけて、あの席に座っていた。・・・どうか、皆さんからアイデアを出してもらって、うちの経営計画を作っていただきたい。お願いします。」
このとき、なかなか一枚岩になれなかった両社の歴史が動いた。本気になれば障害を乗り越えられるのだ。

参加メンバー全員にとって、グループ企業であるAB両社の足並みをそろえることが自分事になっていった。B社長に批判的な態度を示すことが多かったC部長が何度も適切な提案をしてきた。いつもだったら、B社長が批判と捉えて抵抗する場面だ。しかし、すべてがスムーズに進行した。仕事が主語になったからだ。人間関係の好き嫌いではなく、我々全社の成功のためにアイデアを出し合い、お互いを受け入れ合ったのだ。

経験あるチームコーチから見ても、短時間で上質な経営計画素案が出来た。
さて、ここでもうひとつの壁が現われた。
「これをいつ全社員に発表する?」とA社長が問うと、専務が「それは早い方が良い。できたら明朝、全社員に緊急朝礼に参加してもらおう」と反応した。
「これはA社とB社が統合合併することを前提としている経営計画だよね。B社長が自ら、明日発表するということには問題はないよね」とA社長が抜け漏れのないように確認した。
B社長は困った表情で言った。「いや、うちの社員には統合などのことはまだ言わないほうが良いと俺は思う。」
薄皮一枚、B社長は腹を括れていなかったことが露呈されたのだ。

「そうか。でもこの一枚岩会議で決めたことは両社が統合合併することを前提としたものだよね。それが皆にとってうまく行くことだと納得したよね。ここで発表しないことにはどういう意味があるのかな?」とA社長が辛抱強く問うた。
ここまで来て、再びB社長は崖っぷちに立った。
この決断はB社長がその肩書を手放すことを意味している。
チームコーチもここは介入してはいけないと判断して、B社長の出方を待った。

長い沈黙。そうして大きく息を吐いたあと、B社長が笑顔で言った。「明日、緊急朝礼で発表しましょう。俺のところの社員にも出るように言います。」
大きな拍手とともに、一枚岩会議の参加メンバー全員の目に涙が光った。

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